“言ったもん勝ち”
    『恋愛幸福論で10のお題 Vol.7』 より
 

 秋はアメフトには本番というシーズンで。他にも山ほどある秋ならではな様々なイベントからは、横目で見るだけの立場へ追いやられてしまうもの。個人的な行楽やレジャーは仕方がないが、体育祭やら文化祭やら、学校行事にまで波及する時期だということで、場合によっちゃあ、当日が試合に重ならないなら、そっちへも参加を余儀なくさせられる…なんてことは珍しくもなかったり。まあ、体育祭の徒競走なんかは、小学生と違って特に練習が要るわけでもなし。前日までの間に繰り広げられる“準備”に手を貸せぬ分、当日の設営で張り切ってもらいましょうなんて、帳尻合わせをすることとなったりもし。

「部を優先させてもらえるほど、実績のあるチームならともかく、
 ウチはまだまだ歴史もありませんから、それは仕方がありません。」

 たはは…と眉を下げて笑う、小さな韋駄天ランニングバッカーさんだが、

「何 言ってんの。昨年度の全国ナンバーワンチームがさ。」

 謙遜は過ぎると厭味になるよと、それでもそちら様も…この及び腰な後輩さんを責める気まではなかったか、はんなりとした笑みで朗らかに応じて下さったのが。こちら様は伝統あるチームの中にあって、素晴らしい長身と脅威の跳躍力にてレシーバー・エースの座にいる桜庭さん。相変わらず、アイドルとしてもお忙しい身なの裏付ける、甘い柔らかさを滲ませる笑みを、だがだが最近とみに精悍さを増した頬へと浮かべ。お連れのお客様を振り返りつつ、雑踏の中、自分たちのテリトリーまでをすたすたと歩む。背が高い彼なのでどんな人込みの中でも見失うことはなく、エスコート役には成程打ってつけだったけれど、

 「はやや…、あ、すすすっすいませんっ。」

 元気のいい子供らにすぐ傍らを駆け抜けられてグルンと体が廻ってしまうわ、そんなした弾み、傍らに居合わせた父兄らしき大人の方に肩が当たってしまっちゃあ。どんなに気が荒い人でもついつい“いいよいいよ”と執り成したくなるほど腰の低い謝りようを繰り出すわ。

 “…こんな腰の低い子が、日本中の猛者を屈服させただなんてねぇ。”

 いや別に、ひざまづけよ敬えよと、高らかに宣言した訳じゃあありませんけれど。それでも、もうちょっと自負というのか威容というのか、その身へまとわせたって罰は当たらないのにね。威容とか居丈高とかいう言葉には、向かい合うばかりで仲良くなったことなんてないらしい、心優しく小さな覇者。

 “まま、試合のフィールドに立ちゃあ、人が変わる子ではあるか。”

 体格やキャリア、どんなに凄まじい相手が立ち塞がっても、尻尾を巻いて逃げ出さない。むしろ、強そうな人が相手だと、その手ごたえにワクワクしちゃうんですよねなんて言って、武者震いを起こすよな相手と対面すると、嬉しそうなお顔になる血気盛んな子。意識せぬままのあっと言う間に、どんな壁へでも臆さず挑みかかるお顔になるんだから、

 “進といい勝負だったワケだねぇ、そこんところ。”

 同じ通路上、グループで来ていたらしき集団がすれ違いかかったので。それへ撒かれて連れ去られる格好にならぬよに、先んじて腕を伸ばして捕まえた小さなお連れさんを、ひょいと引き寄せ、懐ろへと庇う。

 「はや?」

 ほら、こんな小さくて軽いのに。片手でひょいと侭
(まま)に出来るのに。一旦 振り切られたなら、あの進でさえ追いつくのは至難になっちゃう“疾風の君”で。全くの素人だったところから、そんな素質があったこと、見抜いた“誰かさん”もまた物凄いと、

 “…思ってしまうのは身内贔屓なんだろか。////////”

 ちょいと思考がブレたなぁと、こっそり赤らんでいたものだから、

 「…………あの、桜庭さん?/////////」

 お花の匂いとそれから、甘酸っぱいのは杏か桃か。いい匂いのする懐ろへと、押し込められたまんまになってたおチビさんが、微妙に居たたまれないよなお顔になって声をかけて来る。もう何かにぶつかるような混みようではなくなったところへ出て来ており、そんなまで開けたところ、つまりは公衆の面前で、小さい子供よろしく“いい子いい子”とあやされて、お兄さんの懐ろの中へ掻い込まれてちゃあねぇ。

 「あ、ごめんごめん。」

 真っ赤になったセナくんを解放して差し上げて、それから あのね?

 「進とそれから、ヨウイチにはナイショね?」
 「は、はははいっ。」

 付け足すのを忘れないところは、余裕なんだかお茶目なんだか。
(笑) 正門前のだだっ広い前庭スペースを、イベント広場に仕立てた“出店ゾーン”の奥向きの一角。今時風に言えばオープンカフェな、青空軽食喫茶を展開させてるのがアメフト部だそうで。やっとのこと、そこまで辿り着いた二人だったりし。校舎裏手のグラウンドで、プレイを解説しつつ、参加型の練習を見学させるツアーとは別口、今年はこういう形での参加もこなしておいでの、ホワイトナイツの皆様だったりするという。

 「そもそもは1年のレギュラー外の子たちが、
  グラウンドでのツアーへの客寄せにって、
  やってたことなんだけどもね。」

 近年のアメフトブームで、そんな客寄せの必要性もなくなり、むしろ向こうが込み合うのでと、入れ替え制にして待ち時間をこちらでと、そういう順番になったのが昨年からだとか。

 「毎年 都大会と関東大会の丁度狭間に学園祭があるなんて、
  やっぱり実績がある学校だと違いますね。」
 「他の部だって似たようなスケジュールだから、
  たまさか かぶっただけなんだけれどもね。」

 それでも…ウチなんて、当日が試合と重なる日程になってたの、蛭魔さんが何やったかズラさせたんですよね、去年。そんな恐ろし怖いこと、内緒ですよと声を低めて囁くセナへ、あははと乾いた笑いを見せながら、

 “妖一だったらやりかねないか。”

 そんなの初歩もいいとこの策謀。今の段階のしかもそんな話題だと、微妙に部外者側な桜庭だったが、そのくらいのことなら気にするこたないよと、にっこり微笑ってやりたくなったほど。そして、それを言うならば。セナにはそんな自分と逆のポジションにある存在の誰かさんが、業務用だろう大きな大きな鉄の丸底フライパン、かっこ正式名称“北京ナベ”を、そりゃあ雄々しくも揺すってあおっておいでの勇姿を指さしてやり、

 「進ってば、精密機械がからまないと結構器用なもんだから、
  今日はずっと厨房係なんだよね。」

 当人は知らずのこととはいえ、あの風貌でお客を威圧したり、単純な注文をややこしい聞き間違いされるより被害も少ないのでと。鉄板は女子マネらがクレープ班として占拠している傍ら、コンロでのあおり炒めという格好で焼きそばを任せたところが、火力を強くしての手早くも力強い調理が、プロ並みの風味をもたらしているらしく。

 “…どこの料理漫画ですか。”

 あ、すまんすまん。
(苦笑) とはいえ、それが真相なのだからしょうがない。美味しい美味しいと大好評な売れ行きになっており、あんまり忙しいものだから、セナくんを正門までのお出迎えにと出向けなくなったほど。

 「はわわぁ〜〜。/////」

 お味の評判は口コミで広がったそれだそうだが、ちょっとしたタライほどはあろう、口径の大きな重そうなフライパンが、ごっそり入った食材をじゅうじゅう・くるんと宙に躍らせつつ、頼もしい腕っ節にて軽々と揺すられる光景は、それもまた客引きに大いに貢献してもいて。

 「お持ち帰りに限り、
  ご希望でしたらプラス50円でコッペパンに挟みますよ。」

 そんなお声かけをしている女子マネの傍ら、小学生だろうか小さなギャラリーたちが、危険防止にと立てられたアクリルの囲いの向こう、お口を開いてへばりついているのが、一体どこの物産展ですかというレベルの注目の浴びよう。それを目撃してしまったセナもまた、その場で立ち止まってついつい見ほれたほどで。だが…、

  「………。」
  「セナくん?」

 ほややん//////と、大きな瞳を潤ませての見ほれていたところから、唐突に、そのテンションの温度が下がったような気がして。

 「進の意外な一面、知らなかった…なんてことはないよね?」
 「…あ、えと、はい。」

 ウチでもたまにチャーハンとか作ってくれますし…なんて。訊いてないことまで教えてくれてから、

 「…あのですね。」

 取っ付きにくいところを恐れられてしまう進さんなの、見るたびにどうにかならないかなぁって思ってたんですが。


  「カッコいい進さんなんだって、
   いい人なんだってことが広まるのも善し悪しですね。」

  「………はい?」


 あ、あああいえ、だってあのその。怖い人へは寄っては来ないでしょう? でもだけれど、美味しいもの、黙々と作ってくれて、しかもカッコいいお兄さんで。ほら、あの子たちなんて、うっとりして見ほれてるじゃないですか。

 「……こういうのって嫉妬でしょうか。」

 だったらみっともないなと、ネルのシャツ着た小さな肩を、しょんもりと項垂れさせてしまう韋駄天くんへ、

 “………お〜い。”

 桜庭としては…苦笑が絶えぬ。好きな人なんだから、独占したいって気持ちが沸くのは、ある意味 自然な反応だろうにね。他の人からの関心、彼へと向けないでなんて気持ちが起きること、嫉妬しちゃうのが人類最高にいけないことみたいに、すっかりと打ちひしがれてしまった無垢な子へ、

 “そんなの、僕が妖一へ思うことに比べたらささやか極まりないのにね。”

 あの、世界さえ敵に回しても踏ん反り返ってそうな悪魔様に。誰もが恐れ慄き、視線さえ合わせぬ独裁者様に。なのにすっかりと骨抜きになっての、ありもせぬ恋敵を恐れて嫉妬する日もあるってこと。話して聞かせたら少しは安心するセナだろうかと、思いかかった桜庭だったものの、

 “………いやいや、セナくんは。”

 どういう巡り合わせなんだか、この子は蛭魔を恐れぬのだと思い出す。アメフトに限ってではあるが、どんなに頑張って自分らを支えてくれた蛭魔かを、すぐの間近で見て来た子。そして、そんな理解者であることへ。ホッとさせてもらって来たのと同じくらいに、あの蛭魔が自分を後回しにしてでもと、この坊やへ構いつけるのへ、ついつい むむうと来たこともあったので。

 “…そか、これと同じ気持ちを。”

 今の今、感じてる彼らしいこと、これ以上はないほどのしみじみと、実感してしまったアイドルさんだったりし。

 “…………む〜ん。”

 誰かに言ってもらうことかどうか。微妙なことだよなと思ったものの、しょんもりと俯くセナの様子には…やっぱり勝てない、桜庭くん。

 「…言ったもん勝ちだよねぇ。」
 「はい?」

 唐突に、思わぬ方向の言われようをしたせいか、聞こえてはいただろに、え?と大きな瞳を見開いたセナへ。あらためてのにっこり微笑ったアイドルさん、
「なに、そういうお惚気を言うようになったんだねぇと思ってさ。」
「え…。///////」
 こっちから冷やかすばっかだったのにねぇと、ほのぼの微笑ってあげてから、

 「安心しなよ。」

 セナくんがあいつにそういう気持ち持ってること、少なくとも僕と妖一は先刻承知なんだしサ。

 「こんなしてはっきり言えるよになったほどなんだもの、
  聞いたからにはばっちり応援してあげるから。」

 とんでもない障害なんてのが現れたなら、どんな相談にも乗ったげるし…なんて。いかにも何か企んでおりますと仄めかすよに、悪戯っぽく笑って見せれば、

 「あ、あ、いえあの、そんな大袈裟なことでは…。///////」
 「何 言ってるかな。
  今の今、注目の的になってるなんて困るってなお顔をしといて。」

 たちまち及び腰になるところを愛おしみつつ、やっとこっちへ気づいた仁王様がそばにいた下級生へやたらと重いフライパンをいきなり預けたの、もしかせずとも自分へ妬いたかからなと、片頬に感じての苦笑が止まらぬアイドルさん。退屈しないお二人とのお付き合い、そっちへもまた楽しい醍醐味感じてる、結構 度量の広い桜庭くんだったりするのでした。





  〜Fine〜 09.10.25.


  *ぐぐっと秋めいて来た今日このごろ。
   巷では学園祭の季節ですね。
   高校の文化祭は10月、大学のが11月ってイメージがあったんですが、
   最近のはどうなんでしょうか。
   大学の学園祭は、歌手の方や芸人さんを呼んでの盛り上がるんでしょうねvv
   ウチのは小じんまりしてて、
   公演もお偉い先生の講話どまりじゃなかったか。
   そんでもなんか懐かしいもんです、はい。

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